100回を超えた「流星物理セミナー」への感想                                   長沢 工 「流星物理セミナー」が最初に開かれたのは1978年10月、また50回が開催さ れたのが1989年4月のことでした。最初から27年、50回からでも16年の月 日が流れ、セミナーの回数は108回に達したとのことです。どちらかといえば単な るマニアの集まりに過ぎないこのセミナーが、つぶれることなく100回以上続いた のは、それだけでも驚くべきことで、そのことにまず敬意を表わします。このセミナ ーを盛り上げていただいた大勢の参加者に加え、幹事役を務められた重野好彦、寺田 充、大西洋、小笠原雅弘の諸氏のご努力に、深く御礼を申し上げるものです。  50回セミナーが開かれてから現在までの16年の間に、世の中にも、流星に関し ても、さまざまな変化がありました。私はそれまで勤めていた東大地震研究所を定年 で退官しました。その間に、どの方も16才年をとったのです。  世の中は変わりましたが、流星はやはり出現を続けています。流星の世界はあまり 変わっていないように思えるかもしれませんが、注意深く観察すれば、そこにも少し ずつの変化があるはずです。ある流星群はいくらか衰え、忘れられていたような流星 群が突発し、さらに、まだ気づかれていないにしても、新しい流星群が生れつつある かもしれません。そして、これらの変化は、プラネタリウムでいくら星空を疑似体験 しても、パソコンの画面を眺めていても、発見できるものではありません。自分の目 で、写真で、TVカメラで、電波で、現実の空を観察、観測して、初めて解ることな のです。  一昔前は、流星観測といえば、肉眼で空をただ見つめるだけでした。しかし、ここ 30年余りの間に、観測方法も、観測目標も、大きく変わりました。写真により、電 波により、高感度のTVカメラにより、以前には考えられなかった正確な位置と時刻 で、流星が捕らえられるようになりました。かなり暗い流星まで、軌道がたくさん計 算されています。電波の利用で、流星の出現頻度を絶え間なく知ることができるよう になりました。もちろん、こうしたことが「流星物理セミナー」の力だけで成し遂げ られたわけではありません。しかし、現実の空をさまざまな手段で観測する立場を下 支えした意味で、この「流星物理セミナー」の果たした役割は、決して小さなもので はなかったと思えます。  最近、私は「流星物理セミナー」に出席しておりません。したがって、このごろど んな内容が話し合われているのかはよく解っていません。でも、50回のセミナーが 開かれてから後のもっとも大きな出来事は、2000年前後の年の「しし座流星群」 の回帰でしょう。この回帰を通して、たくさんの人が流れ星に関心をもちました。N ASAまでも含めて、これまでになかった最新の機器により、たくさんの観測が行わ れました。その結果を討論するため、国立天文台などを会場にして、流星に関するシ ンポジウムも開催されました。その関心がたとえ一時的なものであっても、流星に深 い思い入れのある私たちにとっては嬉しいことでした。それらの中で、私が何よりも 衝撃を受けたのは、アッシャー氏を中心とする人々によって「しし座流星群」大出現 の予報がなされ、それが正確に的中したことです。かつて私はさまざまな手段を使っ ていくつかの流星群出現の予報を試みましたが、それは要するに失敗の連続でした。 努力をあざ笑うかのように、私の予測に反して、流星は出たり、出なかったりしまし た。2001年11月、アッシャー氏の予報通り、時刻まで正確に「しし座流星群」 の流星が夜空に乱舞するのを見たとき、「もう出番ではない」と私は思いました。流 星の研究も、「流星物理セミナー」も、もう若い人たちに任せる時期が来たのです。  50回記念誌にも書きましたが、流星天文学は、多くのプロの天文学者からほとん ど無視されているほど、天文学の中では主流から外れた、マイナーな分野です。むし ろそれだからこそ、流れ星に関心を持ち、少しでも流星を理解しようと、この「流星 物理セミナー」に集まり続けた方々に、出来が悪く、他人に認められることのない子 供を親が可愛がるのにも似た、限りない親しみと愛おしさを、私は感じるのです。  このあと、「流星物理セミナー」の150回が、そして、いつかは200回が開か れることを私は何よりも期待します。ただ、現在のような間隔で開催されるなら、お そらく150回のセミナー開催を私が知ることができるとは思えません。それでも、 このセミナーに若い人をさらに加え、より新しくとらわれない目で流星を見直すこの 集会をもっともっと続けていただきたい。そのことを私は心から願って止みません。                             2005年8月10日 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−                流星観測35周年                                   重野好彦  天文ガイド1970年1月号のしぶんぎ座流星群紹介記事(長沢工著)を読みながら 1月3日夜に初めての写真流星観測を行いましたが、1つも写りませんでした。学生 時代、個人差の入り込まない流星観測をしたいと思い、写真観測を続けましたが、や はりなかなか写ってくれませんでした。そして1974年12月のふたご座流星群で 十数個の写真流星が写ると、観測ごとに流星数は増えて、大学天文連盟各校との同時 流星が得られるようになりました。その後、関東写真流星ネットワーク(KPM)が発 足し、同時写真観測の黄金期を迎えます。  1986年から89年にかけては、みずがめ座η流星群のオーストラリア遠征を3 回行い、ちょうどこのころに流星物理セミナーは50回を迎えます。その後、199 1年8月にペルセウス座流星群のカリフォルニア遠征を行いますが、非常に手間のか かる写真観測は限界となりました。1991年12月からはイメージインテンシファ イアとビデオを使用した同時観測を始め、現在に至るまで約100夜の観測を行って います。  大学天文連盟流星分科会から流星物理セミナーの流れの中で、軌道計算はたいへん 魅力的なテーマで、多くの方々が観測や研究を続けられました。そして高感度ビデオ のおかげで、大量の同時流星が得られるようになり、私は未だにひたすら観測を続け ています。  観測を続けるには良き仲間と発表の場が必要です。流星物理セミナーは多くの皆様 の努力により、常に最先端の活動を続けて来られたと考えています。そして今までの 27年間及びこれからの全ての活動の様子を電子資料集として公開することになり、 繰り返し、多くの方々に見ていただけるようになりました。発表がその場限りではな く、後々まで伝えることができ、多くの皆様の参考にしていただけるとすれば、これ 以上うれしいことはありません。流星物理セミナーと、その電子資料集をぜひご活用 ください。                             2005年8月13日 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−              MSS資料集pdf版によせて  今年の夏で、ついに私は50歳になりました。MSSがスタートした頃は、23歳 でしたので人生の半分以上をMSSとともに過ごしたことになり、とても感慨深く感 じています。  この27年の間に流星の世界では、いろいろな変化がありました。思いつくままに、 いくつか挙げてみます。  @流星群の極大時刻が予報できるようになった。  A永続痕で何が光っているのかわかってきた。(もしかして私が知らなかっただけ?)  B観測機材がフィルムスチルカメラからCCDビデオになって、大量の同時観測結果が   得られるようになった。  C日本の流星研究者が海外で研究発表したり、外国の雑誌に観測結果や論文を投稿   するようになった。  27年前には、極大時刻の予報は、計数観測の増減傾向から求めるものだと思って いたし、永続痕も何か単独の元素が光っていると勝手に思っていました。フィルムは、 高感度で粒子が細かいものができるか、観測に使用するフィルムサイズが大きくなる だろうなどと。  これらの勝手な思惑に反して、技術や研究は発展してきましたし、特にしし群の前 後の成果には、驚かされました。  この反面、最近あまり見向きもされず、昔からあまり状況が変わっていない分野も あります。流星の組成(スペクトル)の研究とか高精度の軌道決定などです。  こんな移り変わりを感じるのも、このMSS資料集の楽しみ方だと思いますし、2 7年の重さを感じることができると思います。  約3000ページにも及ぶ資料をスキャナで取り込み、将来にわたって残すことが できました。主に作業をしてくださった重野智子さん、重野好彦さん、それと準備を 手伝ってくださった方々に心から感謝します。                          2005年8月  寺田 充 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−                MSS資料集に寄せて                           2005年8月13日 大西 洋  神戸へ転居して一年がすぎました。MSSに集うみなさまにはおかわりないでしょう か。今年の8月は天候に恵まれずペルセウス群を見ることなくこの文章を書いており ます。職場(神戸大学)は六甲山の南麓にあり、市街地でありながらイノシシとちょ くちょく遭遇します。徒歩圏内に銭湯スタイルの温泉場もあり流星観望に適した立地 ではありますが、JR東海道線(こちらでは神戸線とよびます)沿線にあるため夜空は 暗くありません。透明度のよい冬空で最微等級4-5等というところです。神戸三の宮 を見下ろし大阪湾対岸(和歌山県)まで見通す夜景は一見の価値がありますが。  このたび重野好彦さん・寺田充さんをはじめとしたみなさまの努力でCD-ROM版資料 集が刊行されました。大西は刊行作業がはじまる直前に逃亡したためなにもお手伝い ができませんでした。年々おなじ時期に出現する流星群も年ごとに少しずつ異なる活 動を呈します。CD-ROM化によって冊子体にくらべて多くの資料が残ることとなり、こ れからの流星研究にとって欠かすことのできない資料集となりました。